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田舎暮しで経験した素晴らしい自然の景色を紹介したり、生活と文化の違いを感じたままにつづったブログです。最近はパワースポットにハマっていたりもします。長野行高速バスや長野新幹線、JR特急列車の情報も。井上真央おひさまロケ地、岳-ガク-小栗旬、神様のカルテ櫻井翔
戸隠神社

長野県北部旧戸隠村に鎮座する神社

宝光社・火之御子社・中社・九頭龍社・奥社の五社からなる神社です。

最近はパワースポットブームで一躍脚光を浴びてもいます。

戸隠神社奥社
奥社

戸隠神社九頭龍社
九頭龍社

戸隠神社中社
中社

戸隠神社火之御子社
火之御子社

戸隠神社宝光社
宝光社

奥社への参道杉並木はパワースポットとしての雰囲気ありありです。

戸隠神社

戸隠神社
【鎮座地】長野市戸隠中社3506(中社)
【御祭神】天手力雄命(奥社)・天八意思兼命(中社)・天表春命(宝光社)・天鈿女命(火之御子社)・九頭龍大神(九頭龍社)
【御由緒】霊山戸隠山の麓に、天の岩戸開き神話に御功績のあった神々を祀る。五社からなり、奥社は神力で岩戸を開き、再び世界に光を取り戻した開運の神様。中社は岩戸開きを考案された知恵の神様。宝光社は中社の御祭神の御子神様で安産や子供の守護。火之御子社は岩戸の前で舞を舞った芸能の神様。九頭龍社は地主神で心願成就の御神徳がある。奥社参道の杉並木や、月並祭などで献奏される太々神楽が見もの。

戸隠神社奥社御朱印戸隠神社九頭龍社御朱印戸隠神社中社御朱印戸隠神社火之御子社御朱印戸隠神社宝光社御朱印
五社の御朱印


御嶽神社(おんたけ じんじゃ)は、長野県木曽御嶽山の木曽御嶽神社。および木曽御嶽神社の分社、木曽御嶽信仰に基づく神社。

のことで、長野県王滝村の御嶽山には麓の一合目から山頂に至るまで何か所かの宮が存在します。

王滝村より手前の木曽町三岳地区には御嶽神社里宮(若宮)があり、御嶽の玄関宮としての役割を果たしています。

御嶽神社若宮

ここは若宮の社殿のある場所よりもさらに手前にある宮で

御嶽神社若宮


御嶽山に祀られている神々のすべてが刻まれた石が奉納されています。

御嶽神社若宮


全部を見ることはできませんでしたが、最上段の石には

御嶽神社若宮


八海山、三笠山に連ねて御嶽大神が刻まれています。

御嶽神社若宮

ここからは御嶽山の山頂を仰ぎ見ることができます。ここに石碑が建立されたのもこういったロケーションからなのでしょうか。

少し先には社殿と社務所のある宮があります。

御嶽神社若宮

ここは通年参拝可能です。冬期車の運転に不安のある方はここでお参りをされるとよいでしょう。

御嶽神社若宮

石段の脇には「里宮本社」と刻まれているのですが、本来の里宮は王滝村の御嶽山一合目にありますので、ここでは里宮若宮として区別します。

御嶽神社若宮

社殿は歴史を感じさせるしっかりとした風格を持っています。

御嶽神社若宮

この百草丸の看板が目印です。木曽福島方面から来ると右側に看板があり、その奥が駐車場で左側が御嶽神社里宮若宮です。駐車場側に社務所がありこちらで御朱印をいただくことができます。

御嶽神社里宮本社御朱印

御嶽神社里宮若宮
【鎮座地】長野県木曽郡木曽町三岳黒沢
【御祭神】大己貴命 少彦名命
【御由緒】里社本社・里社若宮・頂上奥社の三社からなる。光仁天皇宝亀五年(774)、勅命を奉じた信濃国司が、上二神を御嶽山頂(標高3067M)に祀り、疾病除祓を祈願したのが始まりとされる。御嶽登拝には、古来より百日精進潔斎という厳しい規制があったが、天明五年(1785)に尾張の覚明行者が、黒沢口登山口を一般信者に開放し、御嶽信仰が全国に広まった。頂上奥社は、開山祭(7月10日)から閉山祭(9月3日)の間、多くの夏山登拝者により賑わいをみせる。

御嶽山には登山口が2つあり、王滝村からの登山口一合目にあるのが

御嶽神社里宮です。

御嶽神社里宮

通常、御嶽神社里宮として紹介されているのはこちらですね。

御嶽神社里宮

鳥居の前に参拝の案内図が掲げられています。本殿までは結構急峻な道のりのようですね。さすが修験道の神社。

御嶽神社里宮

この石段の先に御嶽神社里宮があります。

御嶽神社里宮

石段登った先に道路があり、そこを渡るとまた鳥居があって石段が続いています。
ここに社務所もあります。

御嶽神社里宮

木曽御嶽山絵図が掲げられて御嶽山の参拝社の様子がわかるようになっています。

御嶽神社里宮

延々と石段が続いてますね。ここからはプチ修験者になって登ります。

御嶽神社里宮

戸隠神社の奥社は杉並木が続いていたのですが、ここ御嶽神社では木曽の銘木「ひのき」や「さわら」の木立の中を歩きます。パワースポットとしての雰囲気を十分に感じますね。

御嶽神社里宮

石段が岩段になってきました。^_^;

すでに息が上がってます。

御嶽神社里宮

岩段?の脇に滝がありました。水と木と山、戸隠同様にパワースポットとしての条件を満たしています。

御嶽神社里宮

なんだかそれらしきモノが見えてきました!!

御嶽神社里宮

この手水がまた凄いんです。

御嶽神社里宮

なんと岩の間から勢いよく湧き出す秘水なんですね。

御嶽神社里宮

動画で撮影してくればよかったです。後悔、、、

そしてこの秘水でお浄めをして、いよいよ御嶽神社里宮本殿に到着。

御嶽神社里宮

本殿の作りは黒沢口にあった里社とほぼ同じです。
それにしてもこの御嶽神社里宮は・・・

御嶽神社里宮

凄いところに建ってます。驚

御嶽神社里宮

御嶽神社里宮
【鎮座地】長野県木曽郡王滝村335
【御祭神】国常立尊 大己貴命 少彦名命
【御由緒】「木曽のおんたけ夏でも寒い」と民謡にも謡われる御嶽山は全国よりたくさんの信者が訪れる霊峰ある。頂上奥社は文武天皇の御代大宝二年(702)信濃国司高根道基創建と記録にある。江戸時代末期の覚明行者、普寛行者が登山道を開き、軽精進で登山を奨励してからは、神々の尊きこと全国に広まり、今日の盛大なる御嶽講社の基礎となっている。例祭は7月27日、28日。お神輿の渡御があり、御神楽が行われる。

深志神社は松本の天神様として市民に愛されている神社です。

映画『神様のカルテ』の原作に登場しました。残念ながら映画のロケでは使用されませんでしたが・・・

深志神社

閑静な住宅街の奥に深志神社はあります。

深志神社

朱塗りの鳥居をくぐります。

深志神社

本殿も朱塗りが美しい。画像にはありませんが、この本殿の前に神楽殿があり、神楽殿も朱が鮮やかです。

深志神社

立派ですね。

深志神社
【鎮座地】松本市深志3−7−43
【御祭神】建御名方富命 菅原道真命
【御由緒】城下町松本の町人町四十八ヶ町の氏神様で、宮村宮(建御名方富命)と天満宮(菅原道真公)を奉斎する。宮村宮は暦応二年(1339)、信濃国守護小笠原定宗公により創建、天満宮は慶長十九年(1614)、松本城主小笠原秀政公が鎌田天満宮から勧請された。お城と城下町の鎮護、また学問の神様として崇敬されている。

深志神社

生島足島神社には武田信玄が上杉謙信との戦いに際し奉じた直筆の願文(重要文化財)が現在も残されています。これはもちろん撮影できませんので現地へ行くしか見るすべはありませんが、境内に無料で開放されています。

という武田家ともゆかりの深い上田の神社です。

生島足島神社


重要文化財(国指定) 生島足島神社文書
文書のうち、生島足島神社起請文は武田家臣団が信玄への忠誠を誓約した起請文。起請文において一般的な熊野牛王宝印が使用され、甲斐本国に加え武田領国化された信濃や西上野など武田家臣団の一部にあたる237名が誓約し、うち83通が現存している。日付は永禄9年(1566年)8月23日付のものが3通、翌永禄10年(1567年)8月7日付のものが72通、同年8月8日付のものが8通。

生島足島神社

一般の人は足を踏み入れることはできませんが、とても美しい朱塗りの橋が境内にあります。

生島足島神社
【鎮座地】上田市下之郷中池西701−甲
【御祭神】生島大神 足島大神
【御由緒】御祭神二柱の神は日本の真ん中に鎮まりまして、万物を生み育て、国中を満ちた足らしめ給う日本国土の守護神である。太古より大八洲国の御霊として奉祀され、神代の昔建御名方富命が二神に奉仕し米粥を煮て献ぜられたと伝えられ、その故事は今も御龍祭という神事として連綿と続いている。御本殿は池に囲まれた島に鎮座し、内殿には床板なく大地が御神体として祀られ、この神域の様式は「池心宮式園池」と称される日本最古の形式の一つである。

生島足島神社御朱印

信濃十三社のうち三社は松本にあります。長野縣護国神社は松本にある三社のうちのひとつなんですね。


長野県護国神社

実はこの護国神社へは何度も来たことがあるのですが、この正面の大鳥居から入ったことはありませんでした。駐車場が境内にあるので脇から入っていました。

やはり参拝するのならば、きちっと正面から入らないといけませんよね。

長野県護国神社

本殿前の鳥居です。あらためて眺めてみると立派な造りの神社なんですね。

長野県護国神社

長野縣護国神社
【鎮座地】松本市美須々6−1
【御祭神】長野県出身の明治戊辰役以来大東亜戦争に殉ぜられた御英霊
【御由緒】明治十三年創建の後、昭和十三年県民総意のもと本県の中央、旧陸軍歩兵第五十連隊隣接の現在地に長野県招魂社として御鎮座し、昭和十四年長野縣護国神社に改称。御英霊に感謝の誠を捧げ、県民奉斎の神社としてその崇高な御神徳を敬仰し、郷土をはじめ祖国の永遠の平和と繁栄を御守護する。
境内は10,355坪余り、樹木は県内各地より献木され、四季の変化を映し出す憩の場、「美須々の森」として親しまれている。

長野縣護国神社

四柱神社 よはしらじんじゃと読みます。

四柱神社


この四柱神社は数少ない宇宙創生の神である天之御中主神を祀る神社なのです。

祀る神は一神だけではなく、

天之御中主神

高御産霊神

神御産霊神

天照大御神
この四神が祀られているという全国的にも非常に珍しい神社なのです。

四柱神社

御朱印はこちらの社務所でいただきます。初穂料は「お気持ち」です。

四柱神社

四柱神社
【鎮座地】松本市大手3−3−20
【御祭神】天之御中主神 高御産霊神 神御産霊神 天照大御神
【御由緒】「古事記」の冒頭、最初にお出ましになられた三神と、伊勢の神宮にお祀りされる最高至貴の大神、天照大神の四柱の神様を祀る。むすびの神としての御神徳から、縁結び、安産祈願をはじめ、すべての願い事をむすぶ神として県内はもとより全国各地より厚い崇敬が寄せらる。明治十三年明治天皇の信濃国行幸の折行在所となった。

諏訪大社(すわたいしゃ)は、長野県の諏訪湖の周辺に4箇所の境内地をもつ神社です。
信濃國一之宮。神位は正一位。全国各地にある諏訪神社総本社であり、 国内にある最も古い神社の一つとされております。
諏訪大社の歴史は大変古く古事記の中では出雲を舞台に国譲りに反対して諏訪までやってきて、そこに国を築いたとあり、また日本書紀には持統天皇が勅使を派遣したと書かれています。
諏訪大社の特徴は、諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がありません。代りに秋宮は一位の木を春宮は杉の木を御神木とし、上社は御山を御神体として拝しております。
古代の神社には社殿がなかったとも言われています。つまり、諏訪大社はその古くからの姿を残しております。
諏訪明神は古くは風・水の守護神で五穀豊穣を祈る神。また武勇の神として広く信迎され、現在は生命の根源・生活の源を守る神として御神徳は広大無辺で、多くの方が参拝に訪れます。 諏訪大社HPより

諏訪大社上社前宮
諏訪大社上社前宮

諏訪大社上社本宮
諏訪大社上社本宮

諏訪大社下社春宮
諏訪大社下社春宮

諏訪大社下社秋宮

DSCN0348.jpgDSCN0349.jpgDSCN0351.jpgDSCN0352.jpg

諏訪大社
【鎮座地】
上社 本宮 諏訪市中洲宮山一番地 前宮 茅野市宮川2030
下社 春宮 諏訪郡下諏訪町183 秋宮 下諏訪町5828
【御祭神】 建御名方神 八坂刀売神
【御由緒】 四社の総称を諏訪大社と称して全国に一万余りの御分社を持つ我が国最古の神社の一つ。旧官幣大社。信濃国一之宮と尊称され水風を司り、五穀豊穣、武神等多彩な御神徳のある神。多くの特殊神事を古来より伝え、中でも七年毎に行われる式年造営御柱大祭は天下の大祭と呼ばれる。

手長神社は諏訪市の高台にあり、諏訪湖を一望できる絶好のロケーションにあります。
諏訪と言えば諏訪大社があまりにも有名なのですが、手長神社も立派な神社ですし、冬期に現れる諏訪湖の御神渡りを判定するのは諏訪の町中にある八剣神社です。

手長神社

上諏訪中学の隣にありとても静かなところ・・・

手長神社

本殿も立派な造りです。

手長神社

長い廊下も歴史を感じさせてくれますね。

手長神社

ちょっと電線ジャマですが諏訪湖を望むことができます。

手長神社

手長神社
【鎮座地】諏訪市上諏訪9556
【御祭神】手摩乳命
【御由緒】『古事記』によれば、夫神の足摩乳命と共に出雲の地神の祖。テナヅチとは早稲の精霊。アシナヅチは晩稲の精霊。諏訪郡下桑原郷の鎮守にして、奇稲田姫との御神縁から稲を愛され、手の神であれせられるによって、よろず手先のことに御利益あらたか。また古くより子育ての神と信仰される。社前は姥ヶ懐と呼ばれる名勝で、現在市営の精進湯は元は手長宮宮座の鍵湯。例祭は八朔の祭りと称し、諏訪三辻の手長の辻ゆかりの八朔子供相撲が奉納される。境内に神気横溢。

熊野皇大神社は長野県(信州)と群馬県(上州)の県境に鎮座する国境の神なんですね。

熊野皇大神社

鳥居をくぐる前の足元には・・・

熊野皇大神社

しっかり県境があります。

熊野皇大神社

歴史的な作りの門をくぐり境内へと入ります。門の右側には群馬県側の宮、熊野神社の社務所がありますが、この日は神主さまは不在でした。

熊野皇大神社

左側が信州に鎮座する熊野皇大神社です。

熊野皇大神社

ここでしっかりと分かれています。これはとても珍しい神社ですね。参拝は両社でしましたが、信濃国十三社巡りなので、御朱印は信州側の熊野皇大神社のみでいただきました。

熊野皇大神社

熊野皇大神社
【鎮座地】北佐久郡軽井沢町峠町1
【御祭神】本宮・伊邪那美命 日本武尊│那智宮・事解男命(信州分に鎮座)│新宮・速玉男命(上州分に鎮座)
【御由緒】旧中山道標高1200メートルの碓氷嶺に鎮座、関東平野が一望出来る。日本武尊が東夷征伐の帰途にこの雲海を眺望し、相模灘で荒波を静めるために尊の身代わりとなって入水させられた后弟橘姫の事を偲ばれ「吾嬬者耶(あずまはや)」と三度お嘆きになられた処(「あずまはや」とはああ、いとしきわが妻よという意味)。時に景行天皇の四十年十月と伝えられる。