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田舎暮しで経験した素晴らしい自然の景色を紹介したり、生活と文化の違いを感じたままにつづったブログです。最近はパワースポットにハマっていたりもします。長野行高速バスや長野新幹線、JR特急列車の情報も。井上真央おひさまロケ地、岳-ガク-小栗旬、神様のカルテ櫻井翔
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上高地散策の前後、1週間のうちに2度にわたり戸隠へ行きました。

戸隠へは長野インターから小一時間で行くことができますので、松本から行くにはさほど遠くはありません。

誕生日を迎えたということもあり。←なんのこっちゃ

戸隠五社参拝をしてみたくなったので、戸隠神社の宝光社・火之御子社・中社・九頭龍社・奥社へと行きました。



長野市の善光寺裏にからスタートする戸隠バードラインをどんどん登って来ると、旧戸隠村内に入ります。

飯綱高原などの案内が出てきますので高原リゾートの雰囲気十分のところですね。

一之鳥居地区です。
戸隠


このあたりでは、門前町の雰囲気はまったくありません。
一直線に延びた道路といい、樹木の間から見える青空といい高原リゾートそのものですね。

実は、この一之鳥居から先が昔からの戸隠領内ということになるのだそうです。現在は一之鳥居苑地として、飯綱山の登山口となっていたり、広場があったりします。

一之鳥居

ここ飯縄原鳥居之峰は戸隠神領の入口として古くから戸隠神社の一の鳥居が建立されていました。寛政年間(1790年頃)時の別当尭〓はそれまでの木造鳥居の朽ち易いことを憂い、万代普及を願って石造鳥居を建立しましたが、弘化4年(1847年)の通称善光寺大地震により倒壊しました。集積されている石は当時の石材です。
 その後大石を集めることは難しく、ようやく40年後の明治19年(1886年)長野町の住人塩入重五郎氏が中心となり、奥社参道の大木を用いて高さ11m幅8mに及ぶ壮大な木造鳥居を再建奉納しました。100年あまり経過して損傷がひどくなり倒壊のおそれが生じたため、昭和60年(1985年)取り壊しました。その時の縦2.6m横1.8mの大きな神額は戸隠神社に保存されています。


戸隠


ここが一之鳥居のあった場所です。戸隠古道の入口ともなっていますので、戸隠神社を制覇するならば是非訪れておきたい場所ですね。
一之鳥居苑地パーキングから徒歩約5分です。

戸隠




これが現存する石の鳥居の一部です。
善光寺地震の際に倒壊してしまった。。。

戸隠



鳥居の礎の部分でしょうか?

戸隠


これも鳥居の一部でしょうか?松の根に喰われてしまっているかのようです。

戸隠


この鳥居残っていてもらいたかったですね。
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